Japanese writer and publicist based in Eindhoven, The Netherlands
スマートフォトニクスが製造するリン化インジウム(InP)ベースのフォトニックチップは、半導体の次を行く最先端の技術として注目されている。(Photo: SMART Photonics)
スマホやコンピューター、家電、自動車――半導体チップは現在、あらゆるところに使用されており、その性能はますます向上しています。しかし、6G時代のデータ通信や遠隔医療、自動運転といった次世代のアプリケーションを支えるためには、現在の半導体チップの性能向上に限界があり、「フォトニックチップ(PIC)」の使用が不可欠と見られています。
PICは電子の代わりに「光子」を使ったチップで、従来の電子回路に比べて、より高速なデータ伝送、低消費電力、そして信頼性の向上を可能にするものです。
オランダとEUでは現在、フォトニックチップ産業の育成が戦略的に位置付けられており、中でもPICの製造に特化したファウンドリの発展を重視しています。その主要な存在となっているのが、オランダ・ブラバント州を拠点とする「SMART Photonics(スマート・フォトニクス)」です。
スマート・フォトニクスが製造するのは、リン化インジウム(InP)という素材をベースとしたPICです。
PICにはシリコンやシリコンナイトライドといった素材を使うものもあり、それぞれがユニークな特質を持っていますが、リン化インジウムはレーザーや増幅器といった「光能動部品」と、光スイッチなどの「光受動部品」の両方を作ることができる世界で唯一の材料です。つまり、InPを使えば、すべての光機能をひとつのチップに収めることができるのです。
リン化インジウム(InP)とシリコン(Si)とシリコンナイトライド(SiN)を使ったPICのパフォーマンス比較。SiとSiNはすでに産業基盤が確立しており、大きなウェハを生産できる一方、InPは光能動部品と光受動部品を統合でき、スピードの点で優れている。(画像:SMART Photonics)
スマート・フォトニクスの営業・マーケティング部門副社長であるThomas van der Zijden(トーマス・ファンデルザイデン)氏は説明します。
「半導体産業が素晴らしい成長を遂げた主な要因のひとつは、あらゆる種類の電子機能をひとつのチップに集積できたことです。私たちはそれをPICでやろうとしています」
シリコンを使ったPICでは例えば、レーザーや増幅器といった部品を個別に買って繋げる必要がありますが、InPではすべてがひとつのチップ内で統合できるので、光のロスが少なく、より性能が上がる上にコストが下がるというメリットがあります。
InPベースのフォトニックチップは、米光通信事業大手のコヒレント、インフィネラ、ルメンタムなどで製造され、データ・通信業界ですでに大規模に利用されています。これらの大企業は現在、チップのデザインから製造、パッケージング、アプリケーションまで、すべてのプロセスを一貫して行っています。
一方、スマート・フォトニクスは、このうPICの製造事業だけに特化したファウンドリです。同社はオランダの電気機器メーカー、フィリップスと、アイントホーフェン工科大学(TU/e)の過去20年に及ぶ研究に基づいて、2012年に設立されました。
スマート・フォトニクスのクリーンルームで作業する従業員(Photo:SMART Photonics)
ファンデルザイデン氏は説明します。
「私たちは、お客様がデザインしたPICを受託製造し、すべての資源を技術プラットフォームの拡張と製造プロセスの改善に投入しています。PICの製造プロセス開発には膨大な投資がかかりますが、お客様は製造を私たちに任せることによって、製品デザインなどの重要なビジネスプロセスに資源を集中させることができます。私たちは製造だけに専念しているため、お客様の製品と競合することもありません」
半導体業界では、フィリップスのような大企業が昔はチップのデザインから最終製品の製造販売まですべてを行っていましたが、現在はTSMC(台湾積体電路製造)のようなファウンドリに製造を任せています。TSMCは「世界の半導体工場」として圧倒的なシェアを握っており、世界経済にも大きな影響力を及ぼしています。
「同様のことをPICでやるのです。私たちは、PIC業界のTSMCを目指しています」(ファンデルザイデン氏)
現在、スマート・フォトニクスの顧客は、主にデータ・通信業界ですが、産業用や医療用のセンサー分野の企業とも協力しています。自動運転技術などに使われる「LiDAR(ライダー:レーザー光を使って物体までの距離や周囲の環境を高精度に測定する技術)」にも取り組んでおり、自動車産業の企業も重要なビジネスパートナーです。
スマート・フォトニクスのユニークな点は、オープン・ファウンドリとしてInPベースのPICを扱っている点のみならず、そのデザインサポートにあります。顧客は製造を委託する際、同社が独自に開発した「プロセス・デザイン・キット(PDK)」を使って簡単に設計することができます。
PDKは同社の技術プラットフォームで作成されたさまざまな光学的な基本機能(ビルディング・ブロック)で、顧客はこれを使って自由に作りたいものを設計します。これがあるため、顧客はInPを使ったPICの複雑な製造プロセスについて、詳しい知識を持つ必要はありません。
「つまり、レゴブロックのようなものです。私たちはレゴブロックを作りますが、実際にそれを使って家や飛行機を作るのはお客様です。家を作るにはどのブロックが最適かなど、私たちはアドバイスすることもできます」(ファンデルザイデン氏)
スマート・フォトニクスのクリーンルームでのウエハ処理(Photo: SMART Photonics)
PDKは、長年の研究と製造に基づく同社の知識やウエハ(PICの基盤となる薄い円板)の製造方法を反映したもので、競合他社とは異なります。そのため、このプラットフォームに沿って作られた設計は、ほかのファウンドリで使うことはできません。顧客と特定のファウンドリとの密接な協力関係がここで強化されるのです。
「ゼロから製品を作り上げるまでに、通常は2年を要します。設計後に何度かテスト製造と設計の改善を繰り返す中で、お客様と私たちの双方が密接に協力し、長期的なパートナーとして成功を共有することが非常に重要です。これは半導体業界が歩んできた道でもあります」と、ファンデルザイデン氏は説明します。
同社の生産能力は現在、4インチのウエハが年間約5,000個。半導体チップのファウンドリに比べると、まだ小さな生産規模ですが、InPベースのPIC業界においては最も大きなファウンドリのひとつです。現在は新たな生産施設の開設に向け、投資家やビジネスパートナーと話し合いを進めており、27年の稼働を見込んでいます。
ファンデルザイデン氏によると、現在の課題は、PIC生産の速度と歩留まり(良品の割合)を高めることです。複雑なPICを製造するには300-400に及ぶステップが必要で、今のところPICの製造には6ヵ月を要しますが、25年末までにこれを半導体並みの3-4カ月に短縮したい考えです。また、歩留まりについては現在85%と、PIC業界では高い水準を保っていますが、これも半導体並みの95%以上を目指しています。
SMART Photonicsの営業・マーケティング部門副社長、Thomas van der Zijden氏 (Photo: SMART Photonics)
ファンデルザイデン氏は、「私たちがいるのは非常に複雑で知識集約型の産業です。また、私たちは発展途上の会社です。そのため、お客様と一緒になにが必要かを定義し、ロードマップをもとに将来への道筋を共同で定め、一歩一歩進んでいく形を目指しています。PICやInPについて多くの知識を持つ日本のお客様との交流を通じて、長期的な開発プロジェクトを始めたいと思っています」と、期待感を示しました。
PICは次世代アプリケーションを支える重要な技術と見られていますが、中でもすべての光子機能をひとつのチップに統合できるInPベースのPICは大きな可能性を秘めています。私たちは今、過去40年間半導体産業で目撃したように、まだ世界に知られていない多種多様なアプリケーションをサポートする新しい産業が生まれる、歴史的な転換点にいるのかもしれません。
連絡先:SMART Photonics