Photo: Holst Centre

Holst Centre | サステイナブル・エレクトロニクスが日本の医療を救う、新時代のアプリを支える次世代チップにも焦点

06-10-2024
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Naoko Yamamoto

Japanese writer and  publicist based in Eindhoven, The Netherlands


オランダのイノベーションの源として国内外の注目を集める「Holst Centre(ホルストセンター)」は、変形可能な薄いフィルム上に電子回路を印刷する、プリンテッド&フレキシブルエレクトロニクスをコア技術とする研究開発機関です。

同機関が特に注力してきたのは、人口の老齢化が進む中で必要とされる、遠隔医療のためのテクノロジーです。肌に直接身に着けられるウェアラブルデバイスで、自宅にいながらさまざまなバイタルデータを自動測定する技術を生み出してきました。

そんなホルストセンターが次に見据えるのは、個々の部品がリサイクル可能なサステイナブル・エレクトロニクスの量産化と、次世代のアプリケーションを支える先端半導体パッケージング実装技術やフォトニックチップの開発です。

高齢化社会の医療に不可欠なウェアラブル、プリントだから持続可能

ホルストセンターのコアコンピテンスは、プリンテッド&フレキシブルエレクトロニクス技術です。このテクノロジーが応用される分野で同社が最も焦点を当てているのは、ウェアラブル医療デバイスです。

高齢化社会で若い医療従事者が不足する中、現在ほとんど手作業で行われているさまざまなバイタルサインの測定・モニターを自動化することで、入院患者を減らし、医療従事者への負担を軽減させることを目指しています。

ホルストセンターのプリンテッド&フレキシブルエレクトロニクス技術は、医療用ウェアラブルなどに応用されている。(Photo: Holst Centre)

ホルストセンターのマネージング・ディレクター、トン・ファンモル(Ton van Mol)氏は説明します。

「高齢化の進む日本では、特に必要とされるデバイスでしょう。私たちの技術は、フレキシブルな薄いフィルムの上に電子回路を印刷する技術なので、ウェアラブルへの応用が可能なのです。

しかし、プリンテッド・エレクトロニクスの利点はそれだけではありません。従来のさまざまなデバイスで使われてきたPCB(プリント回路基板)は、必要のない銅を除去するウェットエッチングのプロセスがあり、無駄が多いものでした。しかし、プリンテッド・エレクトロニクスは必要なものを添加する技術なので、無駄がなく、PCBに比べて二酸化炭素の排出量を90%以上削減することができます」


「日本でもバリューチェーンを」山形大学とも提携

プリンテッド・エレクトロニクスに関する長年の研究開発の結果、ホルストセンターからは近年、ファウンドリの「TracXon(トラクソン)」や、新しい印刷プロセス機器の「FononTech(フォノンテック)」、ウェアラブルデバイスを使った医療データのサービスプロバイダー「AIKON Health(アイコンヘルス)」「Onera Health(オネラヘルス)」などが生まれました。

「私たちは、これらのスタートアップを通じて、持続可能なプリンテッド・エレクトロニクスのバリューチェーンを築いています。これを日本にも広げて、日本企業がPCBからサステイナブル・エレクトロニクス技術に移行するのをサポートしたいと考えています。すでに山形大学とも戦略的な協力関係を築き、日本企業に連携を促しています」(ファンモル氏)

同センターが目指す次のステップは、製品を完全にリサイクル可能な循環型にすることです。

「実験室レベルでは、完全に循環型の電子製品を作ることができます。次に必要なのは、それを製造して市場に投入することです。そのためにも、素材の開発などで日本の企業と協力するだけでなく、バリューチェーン全体を構築する必要があります」(ファンモル氏)

プリンテッド・エレクトロニクスは、使い終わった後、銀などを抽出して再利用できる(Photo: Holst Centre)

AIアプリケーションを支える次世代の半導体

循環型のプリンテッド・エレクトロニクスのほかに、もうひとつホルストセンターが取り組んでいるのは、次世代のアプリケーションを支える先端半導体パッケージング実装技術の開発です。

「私たちが目指しているのは、プリンティング技術を使って先端半導体パッケージング実装技術を開発することです。半導体チップを垂直方向に積み重ねることによって、アンテナなど多くの機能を小さなスペースに配置することができるようになるため、デバイスの小型化や性能の向上が可能になります。また、チップ内の回路同士が近くに配置されるため、信号伝達の遅延が減少し、電力消費やコストも削減できます」(ファンモル氏)

こうした技術は、特にAIなどの膨大なデータを処理するアプリケーションで、デバイスの性能を大幅に向上させると期待されています。

先端半導体パッケージングで、立体的に重ねられた銅の電極配線。ホルストセンターのプリンテッド・エレクトロニクス技術が生かされている(Photo: Holst Centre)

将来は血液検査もウェアラブルで、フォトニックチップが技術の要に

ホルストセンターが見据える次世代のテクノロジーは、フォトニックチップにも及びます。同チップは電子に加えて光子を使う光電融合技術を活用するもので、これまでにない速度と感度でデータを感知、処理、伝送するチップです。

AI時代のデータ通信や、遠隔医療、自動運転など、次世代のアプリケーションを支えるキーテクノロジーとして期待されており、オランダはフォトニックチップ産業の育成を国家戦略に位置付けています。

国家財団を元に設立されたネットワーク組織の「PhotonDelta(フォトンデルタ)」とともに、TNO(オランダ応用科学研究機構)ホルストセンター、アイントホーフェン工科大学、トウェンテ大学が共同で設立したPITC(Photonics Integration Technology Center)の下で、現在はフォトニックチップの量産に向けた研究が進められています。ホルストセンターもロードマップ作りなどで、PITCと連携しています。

ホルストセンターのマネージング・ディレクター兼PITCのゼネラルマネジャー、トン・ファンモル氏 (Photo: Holst Centre)

「フォトニックチップは5-10年先のアプリケーションに不可欠となるでしょう。ホルストセンターでは例えば、医療用ウェアラブルで心拍数や血圧といったバイタルサインだけでなく、グルコースやビリルビンといった血中の生化学物質を自動測定できるような技術を開発したいと考えています。これが実現すれば、ガンの早期発見もウェアラブルで可能になります」

ファンモル氏によれば、こうした新しい試みには日本の産業界との連携が不可欠。「私たちは、持続可能で健康的な未来というビジョンを実現するために、非常に貴重な技術を持つ日本の皆さまのご協力を心から歓迎いたします」と呼びかけています。

連絡先:Holst Centre

contact@holstcentre.com

https://holstcentre.com/