TracXon:世界のIoT市場は2030年に1800兆円へ。サステイナブルなデバイスを可能にする「ハイブリッド・プリンテッド・エレクトロニクス技術」とは?

10-10-2024
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Naoko Yamamoto

Japanese writer and  publicist based in Eindhoven, The Netherlands


自動車、建築、医療、食料生産――AI技術の進歩により、あらゆるところにセンサーが組み込まれ、データを管理・活用する時代がやってきています。今後も増え続けるセンサー需要を支えるため、オランダ南部のアイントホーフェンを拠点とする「TracXon(トラクソン)」では、サステイナブルなプリンテッド・エレクトロニクス技術を使ったIoT製品を製造。現在、完全にリサイクルできるサーキュラー(循環型)な生産体制を目指しています。


トラクソンが製造するIoTセンサーデバイス。必要なものだけをフィルムに印刷する技術なので、無駄がなくサステイナブル(Photo: TracXon)

「1兆センサーエコノミー」の時代がやってくる

家電や空調、工業機械、スマートウォッチなど、モノをインターネットに接続する「IoT(Internet of Things)」技術は、今やあらゆるところに見られます。多くの製品では、IoTデバイスに含まれるセンサーが音や熱、振動などを感知し、データを取得し、インターネットを通じて人やモノにそれを伝える仕組みとなっています。例えば、スマホを使って、部屋の温度を管理・制御できるのはそのためです。

今後、自動運転や遠隔医療などの技術が本格的に私たちの生活に浸透すれば、センサーを活用するIoTデバイスの需要はさらに拡大する見通しです。戦略コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニーは、世界のIoT市場が2030年までに12.5兆ドル(約1,800兆円)に達すると予想しています。

「建築物からオートモティブ、物流、医療、食料生産……あらゆるものにセンサーが付いてくる『1兆センサーエコノミー』が到来しています。あらゆる産業で生産性や効率を上げるため、AI技術を使ってデータを管理・制御するのです。毎年必要とされるセンサーは将来、世界で1兆個に達すると予想されているので、私たちも億単位でIoTデバイスを生産できる体制に持っていきたい。しかし、それはサステイナブル(持続可能)な方法でなければなりません」と、トラクソンのCEO、アショク・スリダー氏は説明します。

IoT需要を支えるサステイナブルな技術

現在、トラクソンが主に生産しているのは、物流業界やヘルスケア業界向けのIoTデバイスです。物流向けでは、センサーでポジションや温度などを管理するタグを、ヘルスケア向けには肌に直接貼ってさまざまなバイタルサインを遠隔モニターできるウェアラブルデバイスを製造しています。

これらの製品のベースとなっているのは、ハイブリッド・プリンテッド・エレクトロニクス(HPE)技術。これは、薄くて曲げられるフレキシブル・フィルムの上に、センサーや電気回路などを印刷して作られる電子デバイスと、半導体やほかの材料で作られたチップやLEDといった部品を組み合わせたものです。

「IoTデバイスの製造を持続可能にするための最適解が、HPE技術です。従来のプリント基板(PCB)は、基板をすべて銅でカバーして、回路のパターンを得るまで化学薬品で銅を取り除いていくエッチングのプロセスを経るため、非常に無駄が多いものでした。HPEは必要なものだけをフィルムに印刷するため無駄がなく、PCBエッチングとは違って水もほとんど使いません」。


TracXonのCEO、Ashok Sridhar氏(Photo: TracXon)

「HPEは薄くて軽いのも利点です。大量輸送する際には、数グラムの差が大きな問題となります。さらに、HPEは処理能力の高いロールツーロール(元はロール状に巻かれたフレキシブル基板にセンサーや電気回路を連続して印刷し、それを再びロール状に巻き取る)印刷機により、大量生産することが可能です」(スリダー氏)。

しかし、従来のPCB技術をHPEの技術に変換できるわけではありません。

「HPE技術を用いた複雑なIoTデバイスを大量生産するには、デザインツールやプロセス、素材に関するノウハウがなければできません。そのため、HPE技術で長年の経験と知識の厚みがあるトラクソンは、業界内でかなり優位にあると言えます」。

2025年は100万個製造体制へ

トラクソンは22年にオランダ・ブラバント州を拠点とする最先端R&D機関「ホルストセンター」から生まれたスタートアップです。すでに8カ国で新規顧客を開拓し、来年第1-2四半期には生産規模を100万個体制に拡大する計画です。

「現在はロールツーロール印刷機で電子回路をプリントした後、別ラインにある検査機でテストをしていますが、検査も同一ラインに乗せることで、完全に自動化する予定です」。

また、現在のところ、製品はIoTデバイスが中心となっていますが、透明のフィルムに非常に小さな「マイクロLED」を組み込む技術により、ビルの窓ガラスや車のサンルーフを照明やデジタルサイネージ(看板や標識)にする製品も開発しています。

「250mm×250mmのフィルムに数万個のLEDを組み込めます。非常に細かい部品なので、このフィルムを組み込んだガラスは、昼間はただの透明ガラスに見えますが、夜にLEDを点灯すれば照明やサイネージになります」。

同社はすでに自動車と建築業界の顧客とともに、プロトタイプの製作に取り組んでいます。


ハイブリッド・プリンテッド・エレクトロニクス技術を使った大面積LED照明フォイル(Photo: TracXon)

日本ができる2つのこと

トラクソンはヨーロッパを中心に事業展開していますが、今後日本市場を拡大していきたい考えです。特に重視しているのがヘルスケア分野のウェアラブルデバイスです。

「日本は特に人口の高齢化が進んでいる一方、若い医療従事者が足りなくなっているので、ヘルスケア用ウェアラブルデバイスを市場投入するべきです。自宅にいる患者のバイタルサインを遠隔から測定・管理して、病気が深刻化する前に早めに対処することは、医療関係者の負担を減らしたり、医療費を削減したりするのに有益です」とスリダー氏は強調します。

もう1つの重要なテーマはサステイナブルです。

「従来型のエレクトロニクスからプリンテッド・エレクトロニクスへの移行で、日本企業は持続可能な産業の恩恵を受けることができます。また、今後は使い終わったHPEから銀などの素材を抽出して再利用するなど、よりサーキュラーな生産プロセスを確立していく上で、日本企業と協力したいと考えています」(スリダー氏)

日本の企業や研究機関との協力は、すでに始まっています。サステイナブルな次世代のエレクトロ二クスへの移行にご興味のある方、ぜひ下記連絡先までご連絡ください。

連絡先:TracXon
Ashok Sridhar, CEO
ashok.sridhar@tracxon.tech
www.tracxon.tech