次世代のチップは電気から光へ。オランダ政府が国家戦略に据える先端技術「フォトニックチップ」とは?

07-10-2024
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Naoko Yamamoto

Japanese writer and  publicist based in Eindhoven, The Netherlands


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フォトニックチップ(箱の中央)は、オランダが注力する主要技術となっている。(写真:PhotonDelta)

世界中のチップが依存する半導体製造装置メーカー、ASMLを生んだオランダでは現在、フォトニックチップ技術に焦点が当てられています。これは電子の代わりに光子を使ったチップで、従来の電子回路に比べて、より高速なデータ伝送、低消費電力、そしてより効率的なパフォーマンスを可能にするものです。来たる6G時代のデータ通信や、遠隔医療、自動運転など、次世代のアプリケーションを支えるキーテクノロジーとして期待されています。

この新しい技術を発展させ、人材や企業を育成し、国際協力を促すため、公的資金を元に2018年に財団「PhotonDelta(フォトンデルタ)」が立ち上げられました。

近年は地政学的にチップ産業の影響力がますます高まっており、オランダとEUでは同産業の自立化を目指しています。さらに、最近のAI技術の発展は同チップへの関心を高めています。フォトンデルタの活動やフォトニックチップ産業の展望について、CEOのEelko Brinkhoff(エールコ・ブリンクホフ)氏に話を聞きました。

フォトニックチップが可能にする未来

フォトニックチップは「フォトニック集積回路(PIC)」とも呼ばれ、電子に加えて光子を使用して、これまでにない速度と感度でデータを感知、処理、伝送するチップです。PICの技術とアプリケーションについては過去20年以上、世界中で研究が進められてきました。 オランダでは、アイントホーフェン工科大学とトゥウェンテ大学が強力な研究拠点となっています。

電気信号を扱う回路と、PICを併用することにより、通信速度は少なくとも現在の100倍速くなります。また、PICはデータの受送信において電気よりもはるかにエネルギー効率が高いこともメリットです。そのため、PICを使用することで、より速く、エネルギー効率の高いデバイスを作ることが可能になるのです。

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PhotonDeltaのCEO、Eelko Brinkhoff氏(写真:PhotonDelta)

目下のアプリケーションとしてPICは、データセンターの通信に導入されています。

大規模言語モデルや生成AIの進展に伴い、サーバー間で転送されるデータ量が激増する中、データセンターの処理能力の向上やエネルギー消費の削減が課題となっていますが、電気信号を扱う回路だけでは限界があり、必要なシステム性能を実現するにはPICを電子回路と組み合わせて使用することが不可欠とみられています。

PICは、速度、効率、拡張性、費用対効果において大きな利点をもたらし、将来のデータセンター・インフラにとって有望なソリューションとなっているのです。最近ではインテル、TSMC、NVIDIA、ブロードコムなどの半導体大手もPICの重要性を認識しており、自社の製造工程にPICチップを組み込み始めています。

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PICは新しいアプリケーションや市場に道を開く(画像: PhotonDelta)

さらに、フォトニックチップは、光子の特性を活用してさまざまな物理的、化学的、生物学的パラメータを検出・測定するセンシング(センサーを用いてさまざまな情報を計測・数値化する)アプリケーションで重要な役割を果たしており、ヘルスケア、オートモーティブ、農業などの分野での応用が期待されています。

「例えば、高度なセンサー技術による安全な自動運転や、在宅での医療モニタリングが可能になります。オランダではすでに、肌に直接貼るだけでさまざまなバイタルサインを高精度で検出するデバイスも開発されています。畜産業でも、鶏卵を殻の外から感知して、卵の段階で雄雌を判別することができるようになりました。5-10年前、こうしたアプリケーションは考えられないものでした」と、ブリンクホフ氏は言います。

フォトニック産業育成はオランダの国家戦略

将来のテクノロジーの要として期待されるPICは、オランダ政府が戦略的に支援する産業のひとつです。フォトンデルタは、オランダの経済力強化を目的に設置されている「National Growth Fund(国家成長基金)」を主な財源とし、民間からの資金を合わせて2023年から向こう6年間で11億ユーロ(約1800億円)を確保しています。

主な活動は、①スタートアップ企業への資金提供、②人材の誘致、③イノベーションプログラムの実施、④国際化の推進、⑤技術のロードマップづくり――です。

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フォトンデルタのエコシステム。設計、製造、パッケージング、アプリケーションまで、すべての工程を含む。ここでは、それぞれの工程に属する会社のロゴが示されている(画像:PhotonDelta)

フォトンデルタが構築するPIC産業のエコシステムは、大学や、国立の研究機関であるTNO(オランダ応用科学研究機構)ホルストセンター、ベルギーの研究機関Imec、そして多くの関連企業を含む、70以上のパートナーが参加しています。また、そこには基礎研究から設計、製造、パッケージング、応用まで、すべてのバリューチェーンがカバーされています。

中でもフォトンデルタが戦略的に重視しているのは、製造を請け負うファウンドリです。半導体チップのファウンドリでは台湾のTSMCが有名ですが、このPIC版をオランダやヨーロッパで発展させることが国家的な戦略となっています。

「ファウンドリがPICのエコシステム全体のカギを握っています。オランダではすでにリン化インジウム(InP)という材料を使ったPICのファウンドリとしてSmart Photonics(スマートフォトニクス)がありますが、New Origin(ニューオリジン)というシリコンナイトライドベースのPICファウンドリも設立される予定です。どちらの材料も、様々な用途のPICを開発するためのユニークな特性を持っています。近い将来、こうした異なるテクノロジーが各材料の強みを活かして、チップ内で組み合わされることが期待されています。」(ブリンクホフ氏)

エコシステム構築に欠かせない国際協力

一方、PIC産業の育成はオランダとEUの戦略ですが、「国際的な発展との連携がなければ、PICのエコシステムは発展しません」と、ブリンクホフ氏は強調します。

「製造を世界的にスケーラブルにするために、フォトンデルタは「IPRI-I(Integrated Photonics Systems Roadmap International)」の下で、産業全体の技術標準化を促進しています。この戦略的イニシアチブは、米マサチューセッツ工科大学のマイクロフォトニクスセンターとフォトンデルタが共同で開発したもので、世界で400以上の組織の意見を取り入れ、PIC業界における主要な課題に対応するための詳細な技術ロードマップを提供しています。フォトンデルタはまた、さまざまなPICの設計標準化を推進するため、国家成長基金のプロジェクトも支援しています。

さらに、フォトンデルタはスタートアップ投資に注力していますが、それをスケールアップさせるためには、より大口の投資家が必要となるし、市場が拡大すれば、全てをオランダで生産することもできなくなるでしょう。

国際市場へのアクセスも必要です。私たちは主にInPやシリコンナイトライドを使う、オランダ独自のPIC技術や製品を世界に認識してもらえるよう努めています。また、Imecはシリコンフォトニクスに強いパートナーですし、Phix(主要なPIC技術プラットフォーム向けのアセンブリーサービスプロバイダー)のような企業は、さまざまな材料を独自に扱っています」

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オランダのハイテク産業集積地「ハイテク・キャンパス・アイントホーフェン」にあるフォトンデルタのオフィス(写真:PhotonDelta)

現在、PIC の主な用途はデータセンターですが、その応用分野は他の分野にも拡大しつつあります。世界のPIC市場は、2030年に300億ドル(約4兆9000億円)が見込まれており、そのうちオランダは10-15%の市場シェアを獲得したい考えです。

「現在の市場はまだ小さいですが、PICのコストと品質を適切なレベルに持っていくことができれば、本当に成功すると信じています。私たちはこの産業を真に発展させるための国際パートナーを求めています」(ブリンクホフ氏)

今年11月13日には、ホテル「オークラ東京」で開催される「Brabant Innovation Days(ブラバント・イノベーション・デイズ)」でブリンクホフ氏が登壇。フォトンデルタのエコシステムを支えるパートナー組織のHolst CentreSmart PhotonicsPITCの代表者も参加し、それぞれの活動をご紹介します。皆さまのお越しをお待ちしております。.

Contact: PhotonDelta
office@photondelta.com
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