Japanese writer and publicist based in Eindhoven, The Netherlands
オランダではイノベーティブな車が次々と生まれている。太陽光で走る乗用車「Lightyear 0」も同国南部ブラバント州の「オートモーティブ・キャンパス」で生まれた(写真:Lightyear)
ヨーロッパの乗用車ブランドとしてオランダの社名は挙がってきませんが、実はオランダは、未来のオートモーティブを生み出すイノベーティブな技術開発で世界をリードしています。その重要な拠点となっているのが、同国ブラバント州のヘルモンド市にある「オートモーティブ・キャンパス」。ここでは大企業のほか、スタートアップや大学が集まって、最先端のオートモーティブ技術開発で協力しています。
近年、世界中が注目した、同キャンパス発の最新オートモーティブ事情と、オランダで数々のオートモーティブ・イノベーションが生まれる背景についてお伝えします。
今年7月、アイントホーフェン工科大学(TU/e)の学生33人による自動車開発チーム「TU/エコモーティブ」が発表した次世代エコモーティブ「ZEM」は、世界中の注目を集めました。
写真:Bart van Overbeeke
いちばんの注目点は、TU/エコモーティブが独自に開発した「ダイレクトエアキャプチャー(DAC)」という技術を利用した、二酸化炭素(CO2)回収システム。走行中、空気をフィルターに通すことでフィルター内の化学物質がCO2を捉え、ボンネット内に蓄積する仕組みになっています。
平均時速60キロメートルで1週間に約8時間走行した場合、1年間に回収されるCO2は約2キログラム。これは1本の木が1年間に回収する量の10%に相当します。
「これは大した量ではないかもしれませんが、全世界の車がCO2を回収できるようになったときのインパクトを考えてみてください」。チームメンバーであるジンバブエ出身の学生Ruvimbo Michelle Mukonoweshuro(ルビンボ・ミシェル・ムコノウェシュロ)さんはこう言います。
回収されたCO2は、電気自動車の充電スタンドでガスタンクに移し、フィルターを掃除できるような構想も打ち立てています。こうして回収されたCO2は、ハウス栽培などに再利用できるほか、鉱物と混ぜて地中に埋めることも可能です。埋められたCO2が再び空気中に出ることはありません。
回収されたCO2を電気自動車の充電スタンドでガスタンクに移す構想(TUエコモーティブ資料)
「ZEM」は走行中のCO2回収のみならず、生産過程や廃車後まで、車の全ライフサイクルにおいてCO2排出を削減することを目指しています。
まず、生産過程ではモノコック構造のボディやシャシーを3Dプリント技術で形成することで材料の無駄を省きます。鋳型による従来の製造工程よりも安く、短期間で済むのもメリットです。また、再生プラスチックを使うことで、材料を寸断して再利用することも可能になります。
外装には古いタイヤからのカーボンブラック(炭素からできた原材料)を使ってコーティングを施しているほか、内装にはパイナップルの繊維から作られたレザーを使用。オーディオなどの車内エンターテインメントにもリサイクル製品が使われています。
写真:Bart van Overbeeke
ルーフにはソーラーパネルを搭載し、太陽光からの充電で60~70キロメートルの走行が可能。双方向の充電技術により、車で充電した電気を家庭でも使えるようになっています。車を家庭外のバッテリーとして利用するという発想です。
コンセプトカーとして発表されて以来、世界のメディアで取り上げられた「ZEM」は今夏、全米を回り、その斬新なアイデアを紹介しました。国内では半導体大手のNXPをはじめ、50社以上が協賛するTUエコモーティブ。すでに次の車に向けた新たなチームを結成し、未来の「エコモーティブ」のための挑戦を続けています。
将来の旅行は、ガソリンや充電スタンドを気にせずに楽しめる。(資料:TU/eソーラーチーム)
TU/eには、過去10年間で数台 のソーラーカーを開発してきた「ソーラーチーム」も存在します。約20人の学生から成るこのチームは、TU/エコモーティブと同様、CO2の排出削減を目的に、限りある化石燃料からサステイナブルな太陽エネルギーへのシフトを目指しています。
同チームが昨年生み出したのは、太陽光エネルギーで動く家、「Stella Vita(ステラヴィータ)」。ここでは走行のための電気だけでなく、調理をしたり、シャワーを浴びたり、テレビを見たり……といった生活のための電気もルーフに取り付けられたソーラーパネルで賄われます。
動く家「Stella Vita」では、走行や生活に必要な電力を太陽光で賄う(資料:TU/eソーラーチーム)
ステラヴィータには60キロワット時(kWh)の容量を持つリチウムイオン電池を搭載。ソーラーパネルの面積は走行中は8.8平米ですが、キャンプ場で停車中はパネルを開いて17.5平米まで拡張することができます。
ボトムフレームはアルミニウム、内装はグラスファイバーといった軽量素材を使用し、車体全体で1,700キログラムという軽さを実現したほか、車体を滴のような形状にすることで空気の抵抗を極力減らし、エネルギーを効率的に利用。最高時速は120キロメートル、晴れた日には730キロメートルの走行が可能です。
同車はすでにナンバープレートも獲得し、今夏はオランダ南部のアイントホーフェンからスペイン南端のタリファまで、実際に太陽光だけで3,000キロメートルを旅しました。
写真:Lightyear
TU/eが作り出した数々のソーラーカーの技術は、商用化にも成功しています。同大学発のスタートアップ企業「Lightyear(ライトイヤー)」は今夏、太陽光で走行できるソーラーカー「Lightyear 0」を発表しました。
同車両のルーフとボンネットには、5平米のソーラーパネルを搭載。これまでは乗用車の車体面積が小さすぎることがソーラーカーのネックとなってきましたが、エネルギー効率を最大化することで、太陽光で70キロメートルの走行を可能にしました。
エネルギーロスを最低限に抑えるためにモーターは4つの車軸に付けられており、デフやドライブシャフトといった部品はなく、インバータとモーターの重量は100キログラム未満に抑えられています。「テスラ モデルS」のインバータとモーターとデフを合わせた重量が240キログラムであることと比較しても、かなりの軽量を実現していることが分かるでしょう。
また、流線形のなめらかなボディにより、走行中の空気抵抗も0.19Cd(抵抗係数)と、乗用車の平均である0.3~0.5Cdを大きく下回ります。
写真:Lightyear
このようなエネルギー効率の最大化により、100キロメートルの走行に必要な電力は約10.5kWh。フルに充電すれば、1日に35キロメートルの距離を通勤する場合、曇りの天候が多い場所でも2カ月間(晴天の多い地域では7カ月間)は充電なしでも走行が可能です。年間にすれば6,000~1万1,000キロメートルを太陽光エネルギーのみで賄えるのです。
太陽光以外では、プラグでの充電も可能。家庭用のプラグでは1時間の充電で32キロメートルの走行が可能になります。
ライトイヤーの共同創始者兼CEOのLex Hoefsloot(レックス・ホフスロート)氏は、「電気自動車(EV)への移行は正しい方向だ」としながらも、充電ステーションの設置がEV需要に追い付かないことや、バッテリーの容量拡大が生産過程で環境に負荷をかけていることを指摘し、「我々の戦略はそのアプローチを覆すもの。『Lightyear 0』は、バッテリーや重量を減らし、自動車1台当たりのCO2排出を削減しながら、走行距離を増やすものです」と述べています。
写真:Lightyear
ソーラーカーについては、ドイツの「Sono Motors(ソノモーターズ)」やアメリカの「Aptera Motors(アプテラモーターズ)」の製品も注目されていますが、これらは小型で街中の利用にしか向いていないもの。長距離に適したファミリーソーラーカーとしては、ライトイヤーが世界初となっています。
今秋、フィンランドで生産が開始された「Lightyear 0」は、今年12月に納品される予定。来年初頭には、路上で見かけることになるでしょう。現在のモデルは25万ユーロ(約3500万円)と高価で、ほんの一部の人にしか手の届かない車ですが、2024年には3万ユーロ(約420万円)の廉価モデル「Lightyear 2」を発表する計画です。2025年以降、テスラの次に市場を席巻するのは、オランダ発の自動車かもしれません。
次世代の車が次々と開発されている「オートモーティブ・キャンパス」。数々のイノベーションを生み出す原動力はどこにあるのでしょうか?
「大学」や「市場」からは独立した自由な研究環境が画期的なイノベーションを生み出す。 写真:Bart van Overbeeke
同キャンパスの大きな特徴は、大企業やスタートアップのほかに大学や専門学校の学生たちも、同じ敷地内で研究や訓練を重ねているということ。キャンパス内で働く1,350人のうち、約600名が学生です。イベントやワークショップ、研修などを通じた企業と学生間の交流も盛んで、互いにインスピレーションを与え合っています。
前述の「TU/エコモーティブ」や「ソーラーチーム」は、TUを中心に、地元で自動車工学や工業デザインなどを勉強する有志の学生が集まってできたプロジェクトベースのチーム。大学の教授や専門家にアドバイスを求めることはあっても、あくまでも学生主体です。そして彼らは大学での勉強以外の活動として、このチームに加わっているのです。
「僕らのチームは“市場”や“大学”から独立して、完全に自由な研究ができることが強みです。現在のマーケットよりも5〜10年先のイノベーションを実現しています」。ソーラーチームのリーダー、Wisse Bos(ウィッセ・ボス)さんはこのように述べています。
産官学が一同に集まるこのようなキャンパスは、世界的にも非常にユニークなもの。キャンパス内には「積水化学工株式会社」や自動運転技術開発の「MIRAI DATA」といった日本企業も拠点を置き、国際間のコラボレーションも盛んです。
同キャンパスで、幅広いオートモーティブ関連企業や優秀な学生たちと連携しながら、将来のオートモーティブ社会に向けて挑戦するのはいかがでしょうか?ご興味のある方は、ぜひ下記連絡先までご連絡ください。
連絡先: Pieter Rahusen New Business Development, Automotive Campus